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スペシャルトレッキング

極限の遠征~境界を越えて

トレイルライダーの利用者は皆、境界を越えて、障害に対する考えを変えようとしています。その中でも特に注目される遠征があります。
以下で紹介するトレッキングは、重度の身体障害を持つ人の人生を変え、また、他の多くの人に、自分の可能性を最大限に伸ばすよう刺激を与えています。



エベレスト遠征1

ピパ・ブレイク(ブリティッシュコロンビア州ビクトリアから参加)と14名のチーム 2007年11月 エベレスト ベースキャンプへ

「一日一日がすばらしかったです。空気は澄んでいて、山からの景色はきれいでした。村を通った時に、現地の人達が私たちに会いにきてくれたことにも、とても興奮しました。 しかし、私たちの想像よりも大変でした。上に行くほど、岩が多くなり、巨岩もありました。80パーセントぐらいの間、彼らはずっと私を持ち上げていたような状態でした。夜 は心細かったです。暗くて、寒くて、夕方5時には暗くなるんです。」

多発性硬化症のピパは、お湯のボトルを使ったりはしましたが、夜間身体を温めるのに苦労しました。また彼女は、「次のトレッキングはスペインですが、もう一度生まれ変わっても、またこのエベレスト登山をやりたいです。11月14日にベースキャンプに到着した時は、文字通りに、そして比喩的にも、“最高点”でした。ただそこにいるだけで興奮しました。本当に感動の日でした。」と話しました。



エベレスト遠征2

ヒマラヤへの冒険旅行:エベレスト山へ トレイルライダー登山

BCMOSの長年のメンバーでもある、リンダ・マックゴーワンとダグ・レイドは、ネパールのヒマラヤへのトレイルライダーの遠征のために資金集めをしています。彼ら自身は、2008年10月に登頂しました。

リンダとダグは、カトマンズに飛び、そこからルクラへ向かい、エベレストベースキャンプへのトレッキングの拠点、ナムチェバザール(標高5360m)に行きました。リンダは、「世界の最高峰です。誰しもの大きな希望、夢ですが、特に障害を持つ者にとっては、そこへ行く機会を持てるということは、この上なく、すごいことなんです。」

リンダは多発性硬化症(15年間歩いたことがありません)、ダグは四肢麻痺です。

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バージェス・シェル Burgess Shale

化石層で世界的に有名なバージェス・シェルへ現地調査

サム・サリバン(当時バンクーバー市長)と、スティーブン・フレッチャー(Charleswood- St. James- Assiniboia の国会議員、厚生労働大臣、1996年事故で四肢麻痺になる)は、2006年8月、化石層で世界的に有名なバージェス・シェルへ現地調査を計画しました。

サムは、カナディアンロッキー山脈、ヨーホー国立公園内のユネスコ指定の世界遺産地域には長い間興味がありました。バージェス・シェルは、世界でも最も重要な化石発掘場所として有名です。ここでは、約5億年前の生命体が垣間見られ、特に化石の保存程度で、貴重な場所となっています。古生物学者が古代の動物がどのようだったか、どのように生きていたのかをそれらの化石から知ることができるのです。そして5億年前の基本的な動物の形成の多様性がわかり、進化の過程に対する洞察を与ええいます。

バージェス・シェルの発掘場には、10kmのハイキングで標高差762mを登らなければ行けません。トレイルライダーのおかげで、サムはバージェス・シェルに行った最初の重度四肢麻痺の人となりました。

スティーブンは、アウトドアが大好きで、州でトレイルライダーを宣伝し、また利用できるようにしているワイルダネス・アクセス・マニトバの創設メンバーです。彼のチームはバージェス・シェルへの資金にはとどきませんでしたが、彼は機会があるごとに似たようなチャレンジに取り組んでいます。



地質現地調査 アルバータ州、ブリティッシュコロンビア州

12日間のバックカントリーでの探索、調査、土地造成の作成

アルバータ大学の地質学の学生であるスコット・バーランドは、自分のゴールは何としてでも達成する人物です。彼は車の事故で四肢麻痺になりましたが、脊髄損傷のある人で、アルバータ専門エンジニア、地質学者、地球物理学者協会によって認定されている{ちきゅう ぶつり がくしゃ}大学の集中現地調査コースをやり遂げた、最初の人となりました。

この課程は、アルバータ州と、ブリティッシュコロンビア州の2600kmのルートにある様々な場所で、12日間のバックカントリーでの探索、調査、土地造成の作成が必要になります。スコットには、革新的なアプローチが必要でした。トレイルライダーを使って、数校の大学の部隊と4人の健常者のシェルパの協力で、彼は険しいトレイルを上り、石や巨岩をきり抜け、断崖を懸垂下降{けんすい かこう}しました。

スコットは、準備と、自己認識、決意をもってやり遂げられることを実証したのです。彼の達成は障害を持つ他の人にもチャンスを与え、また彼らへの刺激にもなりました。彼は、トレイルライダーを使えばどのくらい行きやすいのか、またレクリエーション以上の大切なものであることをということを実証しました。



キリマンジェロ遠征1

キリマンジェロ登頂

ジム・ミリーナは、BCMOSのアクセス・プログラムでトレイルライダーを知りました。それで彼はトレイルライダーを借り、どの四肢麻痺の人より高い場所、キリマンジェロ登頂に参加しました。

フリースタイルのスキーチャンピョンであったジムは、18歳の時、1981年のトロントスキーショーの演技中に事故で首を折りました。事故にかかわらず、彼の山へ戻りたいという情熱が消えることはありませんでした。

ジムはClimbing Over Restriction and Disability Society (CORD)を2001年に創設し、西アフリカ、タンザニアで5895mに挑戦しました。彼の6日間トレッキングは、山の北側、険しいロンガイルート(Rongai)を上り、下りはもっと一般的な南側のマラングルート(Marangu)を下りました。



キリマンジェロ遠征2

Climb for Community Livingの遠征でキリマンジェロに挑戦

トレイルライダーの2回目のキリマンジェロ遠征は2006年2月に行われました。

今回の登山者ブロック・メトカルフ(ノースバンクーバーから参加)は、脳性麻痺が彼の活動的な生活を阻止することはなく、身体障害者スキー、身体障害者ヨット、ハイキングなど様々なスポーツをやっています。彼はClimb for Community Livingの遠征でキリマンジェロに挑戦しました。

この遠征では、5つの気候帯-熱帯雨林、サバナ、草原、高地砂漠、そしてキリマンジェロの頂上を囲んでいる氷河を通り、5790mを登ります。強さと、決意がためされます。 ブロックは、高山病で即刻の下山を言い渡される前に、5790m地点、キリマンジェロの最初の登頂であるステラポイントに最初に到着しました。彼は下ると、すぐに回復しました。



スタワマス・チーフ

高低差702mの巨大な岩盤スタワマス・チーフ

ロッククライマーのブラッド・ズダニブスキーは、10代の頃、車の事故で四肢麻痺になりました。スポーツをあきらめることなく、ブリティッシュコロンビア州のスコーミッシュ、高低差702mの巨大な岩盤スタワマス・チーフを目標に決めました。

1997年初め、ブラッドは、急な断崖で自分の体を引き上げることのできる器具をデザインし、テストし始めました。年々、装備は改良され、2003年の高低差305m Grand Wall of Chiefへのクライミングを含め、見事なクライミング成功も増えていきました。

努力し、ただならぬチャレンジにも決してひるまず、2005年7月にブラッドは1日(14時間)で650m、自分自身を持ち上げ、チーフ頂上への登頂に成功しました。ブラッドはたびたび自分の登山ルートでトレイルライダーを使用し、障害を持つアスリート達を刺激しています。

ブラッドのバーディカル(垂直)チャレンジ計画は、この頂上への登頂以外にもたくさんの登頂を目指しています。



ウエストコーストトレイル、スタンディング・スピリット・プロジェクト

バンクーバー島の人里離れた西海岸の75kmのハイキングコース

ウエストコース・トレイルは、バンクーバー島の人里離れた西海岸の75kmのハイキングコースです。困難な地形と悪天候は伝説的ですが、厳しい遠征、そして比類なき原始のままの地を求める世界中のハイカー達を魅了しています。

ルートには、砂岩の崖、滝、洞窟、奇岩、ビーチ、切れ込んだ入り江、老齢のトウヒ、アメリカツガ、ヒマラヤスギが占めている海岸の温帯雨林があります。カナダの一番高い木、及び一番古い木のいくつかは、このウエストコースト内か、その周辺にあります。

2005年8月、ブラッド・ジェイコブソンは、ウエストコースト・トレイルをハイキングした最初の重度身体障害者になりました。実は、彼は12年前にすでにこのコースを制覇していました。- 骨髄損傷を受け、四肢麻痺になる前のことです。また来たい、という気持ちは消えず、ブラッドは、夢を実現するためにスタンディング・スピリット・プロジェクトを立ち上げました。彼は、事故後の自分を表現し「私の魂(スピリット)はまだ立っているんだ。(スタンディング)」この名前をつけました。

トレイルライダー、様々な特別装備と熱心なチームで、ブラッドはできる限り多くのトレイルを制覇しています。